病と闘うふたりの自由帳

心臓移植待機中の円融と精神疾患持ちで透析患者のいそが闘病生活を送りながら気ままに発信していきます。

寝ても覚めても何をしていても by いそ

こんにちは。


先週の火曜日にパートナーの円融さんのところへ面会に行き、また先日の日曜日にも病院へ行って二十分ほど傍にいました。

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火曜日には温かかった手が驚くほど冷たくなっていて、顔も体も血の気がなく真っ白で、ただもうショックでひたすら泣くのをこらえていました。


帰る直前に、手を握って「負けたらあかんで。」と静かに声をかけたら、ギュッと強く握り返してくれました。


円融さんの心はちっとも折れてない。
ずっと闘っている。
なのにわたしは…。


食事をしているときふと思う、わたしだけのんきにお腹いっぱいごはんを食べてもいいんだろうか。


久しぶりによく眠れたときに罪悪感にかられる。
円融さんはきっと気持ちよく眠れる日なんてないだろう、と。


そんなこといちいち思う必要なんてないのに、申し訳なく思って胸が苦しくなり、ごめんねごめんねと思って涙があふれてくる。


夜中に目が覚めたときにiPhoneで時間を確認しようとして、もしかして円融さんの自宅からの着信履歴が残ってるんじゃないかと怖くて体が強ばってしまう。


悪い知らせがあったらどうしよう。
容態が急変したら、どうしよう。
緊張と不安の日々で心身ともに疲弊してきている。


円融さん本人がいちばん苦しくてしんどいのはわかっています。
周りの人間が負けてちゃいけないことも。



今日、いつもお世話になっていて一番信頼している師長さん(病棟の師長さんではない。)と話をしたのですが、わたしが大事な人のことを心配して悲しんだり、病状が良くなって喜んだり、そういう時間ってとても大切だと思うというようなことを言ってくださいました。


寝ても覚めても、何をしていても、今は円融さんのことしか考えられませんが、これも一緒に生きてるということなのかもしれません。


また円融さんの声が聞きたい。
わたしも負けずに一緒に闘うぞ。