病と闘うふたりの自由帳

心臓移植待機中の円融と精神疾患持ちで透析患者のいそが闘病生活を送りながら気ままに発信していきます。

病床の恋人に3年ぶりに会った by いそ

こんにちは。


先日、入院中で連絡が取れない状態の円融さんのその後の様子を教えていただこうと思い、ご自宅に電話しました。


円融さんのお父様から「あんたに隠し事してもしかたないから言うけど、よくないねん。いつ病院から電話がかかってきてもおかしくない状態。先生はよく頑張ってますって言うてくれてるし、家族みんな信じて祈ってる。」と言われました。


少しずつ良くなっているものと思っていたので、ショックで言葉を失ってしまいました。


ダメもとで「あの…病院に会いに行ってもいいでしょうか?」と尋ねたら、「来れるんなら来てやって。」と言ってもらえたので、面会にいくことにしました。


4月に連絡が取れなくなるまでは、ときどき電話をしたり、毎日LINEをしていたけれど、会うのはなんと3年ぶり。
お互いに入院していることや、いろんな事情があってずっと会えないでいました。


電話で円融さんのお母様から「だいぶイメージが変わってるけど、びっくりせんとってね。」と言われ、ときどき写真を送ってもらったりしていたけれど、今はさらに痩せてしまってるんだろうなと想像して、どんな姿になっていても動揺しないぞと覚悟を決めました。


わたしはまだ単独で電車に乗って外出するのは主治医から許可が出ていないので、妹が仕事を休んでくれて病院へ車で連れて行ってくれました。(岡山からわざわざ出てきてくれてありがたかったです。)


前夜は不安と緊張のあまり一睡もできず。
病院に着いてからも詰め所で声が震えました。


ドキドキしながら病室に入ったら、円融さんがこちらを見てハッとしたような、なんでここにいるの?というような表情を浮かべたのがわかりました。


わたしはすぐベッドサイドに立って手を握り泣きました。
泣かないと決めていたのに、しばらく言葉が出てこず泣いてしまいました。


円融さんは喉を切開して人工呼吸器をつけているため、声は出せません。
それでも何かを伝えようとして口を動かしてくれるのはわかったし、手を動かしたり、手をギュッと握り返したりしてくれました。


円融さんは円融さんのままでした。
確かにガリガリに痩せていたけれど何も変わってなかった。
優しい眼差しも時折見せる笑顔も、以前と同じでした。


「緊張して寝られへんかった(笑)」とわたしが言ったら、円融さんがにやっと笑い、口が「あほやな」と動くのがわかりました。
胸がギュッとしました。
どうかまた話せるようになりますように。


なんでもっと早く来なかったんだろう。
悔いのないようにこれからはできるだけ面会にこよう、
そう心に決めました。


病院のロビーで円融さんのお父様とお母様にお会いしたので、「笑顔を見せてくれましたよ。」とお伝えしたところ、大変驚かれました。


危篤と言われて駆けつけたものの、あのいつもと変わらない笑顔を見てしまったので、万が一のことがあったとき、わたしは現実を受け入れられないと思います。
安心できる状態ではないことはわかっているので、今わたしにできることは何かしっかり考えたいです。


とにかく今は回復を祈ります。