病と闘うふたりの自由帳

病と闘うカップルが自由気ままに発信するブログ

コミュニケーションについて考えてみた ~わたしの場合~ by いそ

こんにちは。


わたしが最近ずっとモヤモヤしていることが、精神科医のシロクマ(id:p_shirokuma)さんという方の「シロクマの屑籠」というブログで、気持ちいいまでに文章化されていて、パープルスターをつけさせていただいたほど心がふるえました。

「コミュニケーションの内容」より「コミュニケーションしていること」のほうが重要

内容の無いコミュニケーションを馬鹿にしている人は、何もわかっていない - シロクマの屑籠


この一文にガツンとやられてしまい、しばらく頭を抱えてしまったほどです。
まさに会心の「一射」。


わたしは長年入院していて、現在も四人部屋で共同生活を送っていますが、常に周囲には様々な病気の患者さんたち、お医者さんや看護師さんをはじめとする病院職員の方々がたくさんいます。それに病棟はもちろんのことですが、外来や透析室に行っても大勢の患者さんやスタッフの方々がいます。


毎日当然のように検温があって便や尿の回数を訊かれたり、特に変わりはないか、夜眠れているかなど、看護師さんとの"内容のある"やり取りがあります。
助手さんたちとはお風呂の順番、業者に出す洗濯物のこと、配膳や下膳などで必要最低限の交流をしています。
他にも主治医の先生(精神科)、主治医以外の担当医(透析)、ソーシャルワーカーさん、心理カウンセリングの先生、栄養士さん、薬剤師の先生…あらゆる人とわたしは関わりながら生活しています。


コミュニケーション自体はものすごく取っています。
例えば、看護師さんを例に挙げてみます。
身体症状や精神状態がいつでも話題の中心になっていて、わたしの個人的な悩み事も共有され、生活も人間性も丸裸で、自傷行為して血だらけの腕を処置してもらうこともあったりして、なにより言動を記録に残されるという、本当に密度の濃いコミュニケーションを維持しています。


なのに。
病室の自分のベッドでいつも独りぼっちでいるような気持ちになるのは何故なんだろう。
周りはいつもザワザワと賑やかなのに、人と話さない日なんてないのに、とても不思議です。
外に出たほうがマシだ、とイライラして、ひどく疲れているのについ外出してしまいます。


病院の近くのスタバで店員さんに、いつものやつを頼めばいいのにオススメを教えてもらったりして、どうでもいいやり取りなんだけど自然と笑顔になれるし、病室で悶々としてるよりずっと楽しく感じるんですよね。


以前のわたしは、医療スタッフとの密度の濃い人間関係や内容のあるコミュニケーションばかりをひたすらに求めていました。
でも最近のわたしは事あるごとに「雑談がしたい。アホなこと言いたい。」と思っている。


依存度が高まってると感じたら、その看護師さんから"なるべく上手に"少しだけ距離を置く努力もするようになりました。コミュニケーションの方法を変えていく努力です。
興味をひくような話題ではない内容のないコミュニケーションばかりが続いたとしても、ちゃんと変わらず良い関係でいられるんだと思うようになったからです。


今のわたしは病気に関する真面目な相談話を聞いてもらうよりも、くっだらない話をして笑い合ったりするほうが気持ちがずっと落ち着きます。病状に余裕があるのかもしれませんが。


そういう時期にシロクマさんの今回の記事に出会えたのは素晴らしい縁をいただいたと思います。(ぷしこま先生ありがとうございます。)


この部分も何度も頷きながら読みました。


言葉には、一種の“贈り物”みたい効果があって、言葉を交換しあうことが人間同士に信頼や親しみを生む。というより、黙っていると発生しがちな、不信の発生確率を減らしてくれる、と言うべきかもしれない。

内容の無いコミュニケーションを馬鹿にしている人は、何もわかっていない - シロクマの屑籠


これを噛み砕いたのが次の引用箇所になるかと思います。

人間は、「私はあなたの存在を意識していますよ」「私はあなたとコミュニケーションする意志を持っていますよ」と示し合わせておかないと、お互いに不信を抱いたり、不安を抱いたりしやすい生き物だ。だから、会話内容がなんであれ、お互いに敵意を持っていないこと・いつでもコミュニケーションする用意があることを示し合わせておくことが、人間関係を維持する際には大切になる。

内容の無いコミュニケーションを馬鹿にしている人は、何もわかっていない - シロクマの屑籠


わたしが探し求めていたのはつまりこういうことなんじゃないかと思いました。


病院という場所もひとつのコミュニティではあるけれど、入院生活というのが特殊な環境下なのはわかっています。
だからこそ、コミュニケーションについて改めて考えてみる必要があると思うのです。


わたしが猜疑心が強くなって人との関係に悩んでいた時期に、尊敬する看護師長さんが「人間関係って白黒はっきりしてない、いつでもグレーだから。」と言ってくれたのを思い出します。
コミュニケーションに内容がなくても、あっても、そこにそれほどの意味はないし、勇気出して空っぽのコミュニケーションもうまく使っていけばいいんだと思いました。


これからもわたしは「挨拶を疎かにしないこと」と「距離感」を大事にしていこうと思います。


以上、あくまでわたしのケースのお話。