病と闘うふたりの自由帳

心臓移植待機中の円融と精神疾患持ちで透析患者のいそが闘病生活を送りながら気ままに発信していきます。

「こうあるべき」や「こうするしか」という思考から自分を解放する by いそ

こんにちは。

最近ツイッターでたまに玉木宏くんファンの女子高生にフォローされることがあって、動揺しているいそです。


相手が大学生ですら緊張するのに、プロフィール欄にJKとか書いてあるともう未知の生き物のような気がして、同じ玉木宏ファンとは言え、はたしてまともに話ができるんだろうかと戸惑ってしまいます。


わたしは30代なので、高校時代なんて本当にはるか彼方。
わたしが女子高生だった頃にはJKなんて言い方なかったし、ポケベルやルーズソックスの時代だし、当たり前だけど今の女子高生とは日々の過ごし方や生き方そのものが全然違ってたと思う。
SNSなんてなくて、狭いリアルの世界だけで生きていた田舎の女子高生でした。



先日のカウンセリングのときに「30代だから、それ相応にならなければ。」とか「40代になったら今よりもっとしっかりしなければ。」といったような発言をして、心理の先生からものすごい反撃をくらいました。
他の件もあって、見えない散弾銃で約80分ひたすら撃たれまくって、心が負傷して死んだと思いました。


先生から「べき」とか「しか」という考え方はよくないといった話をされ、そんなふうに思うときは危険と言われました。


「しか」というのは、わたしが「わたしの病気は自分の努力で治す"しか"ないんでしょうか?」と発言したことを受けて、先生が「しか」と考えるのはダメだと指摘したものです。


確かに「こうあるべき」とか「こうするしか」と考えていたらとても窮屈だし、ストレスがたまるいっぽうです。
「べき」や「しか」という思考をやめることで、こころが解放されるのかもしれないと感じました。


30代はこうあるべき、40代はこうあるべき、そうやって生き続けていくのはかなりしんどいことです。
また、こうするしかないと思いつめることも自分の首をしめるだけ。
目標や理想は持っていていいと思うし、なりたい自分を思い描きながら、でも目指す道がそれしかないなんてことを思わず、ときに修正しつつ生きていくのが大切なことかもしれません。


それにしても、10代の頃は「10代はこうあるべき」なんて考えたりしなかったなぁ。
いろいろ悩みや不安はあったけど、夢や希望があったから今よりもっと心が自由だった気がするし、新しいことにチャレンジする勇気があった。どんな風に変化しても、それを恐れることなんてなかったように思う。
いつからこうじゃなくちゃいけないみたいに思うようになったのかな。


振り返ってみると、30代になったあたりからかなぁ。


女性は特に30代40代ってすごく変化していく時ではないかと思います。
じわじわと確実に若さを失っていくのを感じ、子どもを産みたい人はリミットを意識せざるを得ないし、転職などキャリアのための新しいチャレンジをする最後のタイミングを考える人もいるだろうし、わたしのように焦ってもがいて「あるべき姿」を求めている人もたくさんいるのではないでしょうか。


もっと自由に、もっとラクに、自分が心地よいと思える生き方を見つけられたらいいなぁと思います。
そして、もし自分らしい生き方にたどり着いたとしても、それをいつでも新しいスタイルに変えられる柔軟さを持ちたいし、遊びの部分を大切にしていきたいです。


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なんか説教臭いわりに中身のないエントリーですみません。
ブログを更新するときプレビューで読み直すのですが、そのときいつも思い出すのは、かつてテレビ番組で笑福亭鶴瓶さんがゲストのダウンタウンの面白さに嫉妬して「おもろなりたーーーーーい!」って本気で悔しがってた、あの姿。
わたしもおもろなりたいです。