病と闘うふたりの自由帳

病と闘うカップルが自由気ままに発信するブログ

そちら側とこちら側 by いそ

こんにちは。

きのう、病室を訪ねてくれた同い年の男性看護師さんと「最近どんな本を読んでいるか?」という話をした。


わたしは「小説や漫画をちょこちょこっと。集中力がなくて、昔みたいに一気に読まれへん。」という話をして、看護師さんは「認知症の本を読んでる。勉強してんねん。」と言っていた。
わたしは、その同い年の彼が、仕事のために本を読んで勉強しているということをとてもうらやましく思いながら話を聞いていた。話してる笑顔がとてもキラキラだった。


そのときのことをふと思い出して、以前カウンセリングでも話したことのある「そちら側とこちら側」という自分の中のテーマを改めて考えて落ち込んだ。


「そちら側とこちら側」というのは、この場合で言うと、患者であるわたしは「こちら側」で、看護師さんは「そちら側」。


わたしの中にはいつもこの「そちら側」と「こちら側」という感覚があって、ときどき勝手に疎外感や果てしない絶望感を感じてしまう。


病気で無職になったわたしのいるところは「こちら側」、普通に働いて暮らしている人は「そちら側」。その境界にはビシッと白線が引かれているイメージである。
別世界にいる、というだけでなく、もう戻ることのできない「そちら側」の世界。かつていたキラキラの「そちら側」に、わたしはもういない。



去年、当時受け持ちだった看護師さんが、わたしの主治医に、どうにかわたしがこの病院で働けるようにしてもらえないかと話してくれたことがあった。
主治医の先生は「障害のある人も働いてもらわないといけないからなあ。」と考えてくれるそぶりだったと看護師さんから聞いた。


でもその就職の話が具体化することはなかった。
わたし自身がそれを望んでいなかったのもあるかもしれないけれど、先生がその話を積極的に進めなかったのは、わたしが就労困難であり採用に値せずと考えているからであって、この先「そちら側」にはいけないという何よりの証じゃないかと改めて思ったりする。


「そちら側とこちら側」なんて考えは、無職の病人のひがみだろうか。
でもこの感覚にけっこう心を蝕まれる。
それにこれは就労に限定した考えではなくて、自分を自分以外の世界から隔絶するようなところもあるから、正直とても苦しかったりする。


そちら側とこちら側。
この考えに苦しまなくて済むように、自分の世界を充実させていくしかない。


まずは何をしたらいいんだろう?