病と闘うふたりの自由帳

病と闘うカップルが自由気ままに発信するブログ

幼友達のえいちゃんの話 by いそ

こんにちは。

 
穂村弘さんの『もうおうちへかえりましょう』を読んでいて、ふと幼友達だったえいちゃんのことを思い出した。
 
小学六年生の三学期だったと思う。
新しい班分けがある日の朝、わたしは皆んながそれぞれ誰かと一緒に同じ班になろうって約束してる輪からあぶれてしまい、それまでそんなに話をしたこともなかったえいちゃんに声をかけた。
 
「えいちゃん、同じ班にならん?」
 
えいちゃんは確かぎこちない笑顔でニコッと笑ってくれたと思う。
えいちゃんはクラスでもおとなしいグループの女の子だった。
 
班長が決まり、黒板には班分けがどんどん決まっていく中、わたしとえいちゃんはどの班に入るか決められずにいた。
黒板の前でふたりはモゾモゾしていた。
そして最後に2つの班が残り、そのどちらかに入るしかなくなった。
 
実は当時片思いしていた男の子がいる班が幸運にも残っていたので、わたしはどうしてもそちらに入りたかった。
 
「えいちゃん、どっちにする?」と小声で尋ねたら、困った表情で指を指した。
それはどちらの班にも取れるところを指していた。
わたしはそれにかこつけて「わかった!」と言って自分勝手に好きな男の子のいる班にふたりの名前を書いた。内心、とてもドキドキしていた。
 
班決めが終わって、えいちゃんが本当に指し示したのは、実はもうひとつの班だったと聞かされたんだけど、そのときに思わぬ秘密をえいちゃんから聞かされた。
 
えいちゃんはわたしとは別の好きな男の子がいて、結果的に彼のいる班に入れたことをとても喜んでいたのだ。
わたしたちは好きな男の子のことを打ち明けあって、一気に距離が縮まり、その後もわたしの通っている塾にえいちゃんが入塾したりと、長い付き合いになるのである。
 
高校卒業後、中学の同窓会で久しぶりにあったえいちゃんと電話番号を交換した。
えいちゃんは「ファックス送るけぇ!」とものすごく嬉しそうに笑っていた。
 
わたしがえいちゃんと話したのはそれが最後。
笑顔のえいちゃんを見たのも。
 
ファックスは届いた。
だけど、京都でひとり暮らしをしていた当時のわたしは抑うつ状態でほとんど引きこもりのような生活をしており、精神的に返事をする余裕がなかった。そのため返事もせず、なんとなくそのままにしてしまったのである。
ファックスの内容はもう忘れてしまったけれど、とりとめもない内容というわけではなかったように記憶している。だから心にずっと引っかかっていた。
 
その翌年だったと思う。
えいちゃんが自殺したと連絡を受けたのは。
8月になったばかりの暑い頃だった。

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お葬式に参列して、棺のえいちゃんに対面したとき、あまりの美しさに息を呑んで、そして号泣した。
えいちゃんはとても素敵な赤い着物を着ていた。
まるで眠っているようだった。
棺の中にそっと花を置きながら、堪えきれずずっと泣いていた。
今でもあのとき目に映ったもののすべては鮮明に記憶に残っていて、いつも脳裏に蘇ってくる。
 
なぜ自殺したのか、遺書はあったのか、そういった詳しい情報は何も入ってこなかった。
ただ就職のことで悩んでいたのではないかという憶測だけが流れた。

わたしは悔んだ。
悔やんでもしかたないけど、とことん悔やんだ。
あのファックス。
なぜ返事をしなかったんだろう。
なぜ、えいちゃんの話を聞いてあげなかったんだろう。
とにかく後悔した。
 
えいちゃんはわたしの心の中で、あの若くて幼さの残る美しい顔のままで生き続けている。
一緒に年が取りたかったよ、えいちゃん。
 
わたしは今でもときどき自殺に至るまでのえいちゃんの苦しみを想像してみたりする。
わたしが自殺未遂をしたときに苦しんだように、えいちゃんもひとりで苦しんだんだろうと思うと、友だちとしてストッパーになれなかったことが悔しくてたまらなくなる。
 
そして残された者たちはこんなふうに一生背負っていくんだなと、希死念慮と闘っているときに、妹や円融くんのことを思ったりする。

大切な人たちに大きな苦しみを残して、ひとりで勝手に逝くのは、やはりダメだと思う。
どんな事情があっても、いくら自分がラクになりたくても。
大切な誰かのことを思って、歯を食いしばって生きるのも悪くはないんじゃないか。
今はそう思える。