病と闘うふたりの自由帳

心臓移植待機中の円融と精神疾患持ちで透析患者のいそが闘病生活を送りながら気ままに発信していきます。

エンドレス闘病生活 by いそ

こんにちは。

わたしは現在は血液透析をしていますが、透析導入時は腹膜透析(CAPD)でした。
腹膜炎を何度か起こしても止めることなく、わたしの強い希望で13年ほど続けたために、最も重篤な合併症である被嚢性腹膜硬化症になってしまいました。
腹腔鏡で診断が確定し、そのままテンコフ(腹膜透析のカテーテル)抜去となりました。
これが10年くらい前のことです。

サブイレウスなど経験し、ステロイドや絶食でどうにかしのいで、まあ腹痛など頻繁に起こしつつもなんとか生活してきたわけですが。

2014年4月、小腸閉塞。
復職を目前にして、リハビリ出勤を必死で頑張っているときでした。

絶飲食して、首の静脈からカテーテルを挿入して高カロリー輸液を点滴しながらしばらく様子を見ていましたが、改善が見られなかったため、外科的な処置のほうがよいのではないかという内科担当医からの提案(ほぼ説得)があり、転院が決まりました。

大阪から広島県の病院へ!
被嚢性腹膜硬化症の腸管剥離術なら世界でもここ!という病院らしいです。

思い出すのもつらい日々でしたよ。
精神科のない総合病院なので、精神科のフォローなし。しんどいと口にすればとりあえず安定剤を筋注される日々。
手術前の検査に次ぐ検査。
イレウス管挿入、死ぬかとオモッタヨ!2度と入れたくねえ!
そして手術。(傷が化膿して結果2回も手術を受けるハメに。)
目が覚めたら身体中が管だらけ。
そんな状態で翌日からICUで透析。(よく耐えたな、わたし。)


腸管剥離術の予定でしたが、開腹したところあまりにも状態が悪く、剥離するのは不可能との判断から手術中に小腸バイパス手術に変更となりました。
小腸は成人なら通常5〜7mくらいはあるそうなんですが、わたくし小腸がおよそ1.6mほどになりました。

術後からずっと頻回な下痢の日々。
ひどいときは1日に20回を超えるときも。
それは広島の病院を退院して大阪の病院に戻ってきても相変わらず。
最近になってようやく下痢の回数が落ち着いてきたんですが、リンの吸着剤(リオナ錠とホスレノール)のせいで便秘気味に!

そんな中、先日かなりひどい腹痛が起こり、たまたま当直が運良く本院の院長先生(透析医)だったので診てもらったのですが、その日は絶食、翌日の食事は半量のみ。そして、食事が消化のよいものに変更になりました。
透析食だけでもいやなときがあるのに、これからさらに制限がプラスされるとは!
並食がカレーコロッケだったとき、わたしは野菜と豆腐の超ヘルシーなハンバーグ(泣)
いやヘルシー豆腐ハンバーグもおいしいですけどもね。
でも揚げもん食べたい!揚げもん!アブラ!カレーコロッケ!

さらに院長先生の指示でリンの吸着剤がすべて中止になったので、これからはかなりリンのコントロールを頑張らなければいけなくなりました。
リンのコントロール、ものすごく苦手…。
でもやらなきゃ(白目)


病気が病気を増やして、制限を増やして、こんなに窮屈な思いでずっと生きていかなきゃいけないのかなあ?

ハンデを背負って、それでも自分なりの人生を力強く生きる人たち。
障害を個性だと言う人もいる。

だけどわたしはそんなに強くないし、このしんどいハンデを個性と割り切れるほど前向きで物分かりがいいわけでもない。

先天性逆流性腎症というたったひとつの病気から始まって、今わたしは慢性腎不全(透析)、被嚢性腹膜硬化症、冠攣縮性狭心症、双極性感情障害をはじめとする精神疾患、こういったいくつもの病気を抱えてる。
時に諦めたり悔しがったりしながら、ただ茫然と転落した自分の人生を眺めてるだけの毎日。
これがこれからも続くのか?