病と闘うふたりの自由帳

病と闘うカップルが自由気ままに発信するブログ

自殺未遂 by いそ

こんにちは。

2014年11月、ある日の明け方の出来事。

希死念慮が強くて強くて苦しかったわたしは、T字の安全剃刀を分解して左の上腕を切りました。
切ったというより、同じ箇所を掘り続けたという表現があってるかもしれません。

ダラダラと血液が床に広がっていき、わたしはそれを眺めてました。
これで死ねる。さよなら世界。

それでも円融くんと妹だけにはLINEで謝罪の言葉を送信しました。後ろめたい気持ちがあったんでしょうか。

それに、円融くんに以前言われた「いそには自殺で人生を終わってほしくない。そんな終わり方、いそらしくない。」という言葉が頭の中をぐるぐるしてもいました。


闘病仲間がTwitterのわたしのツイートから何かを察して電話をかけてきました。
剃刀で腕を深く切ったことを告げると、「今すぐナースコールして!電話つないでおくから、すぐにナースコールして!」と言われて、しばらくは抵抗していたけど、結局折れてナースコールしました。

ヘルパーさんがきて、床の血だまりとわたしの左腕を見て「何してんの!何でこんなことするの!」と激怒。
無視して「看護師さんと話します。」と静かに繰り返すわたし。

看護師さんがきて「いそちゃん!どうしたの!もう!」と怒りながら止血し始めて、もう一人の看護師さんも来て洗面所へ。
止血しながら腕をきれいに洗ってくれました。

外科の先生が来て、麻酔をしてから傷を縫合。麻酔があまり効いてなくて痛かった。

それからわたしはベッドに座ってひたすら茫然としていました。
自殺が失敗に終わったことが悲しいのか、生きててホッとしたのか、なんだかわからないけど、今にも泣き出しそうでした。

看護師さんに「ごめんね。ごめんなさい。」と言ったら、「謝らんでええよ。つらかったんやろ?」と言われ、心がぎゅうっと締め付けられて頷くことしかできなかった。

朝になり、出勤して報告を受けた主治医の先生から「閉鎖病棟に行ってもらいます。命を守るためです。」と告げられ、わたしはすぐに閉鎖病棟に移動になりました。

閉鎖病棟に行ってから、大好きで尊敬してる看護師さんに「いつも苦しんでギリギリのところで踏ん張ってくれて、それを見てたらラクにしてあげたいって思うけど、でも死んでほしくないよ!」って心底つらそうな顔で言われて、心に重たく響きました。



「死んだら死んだでいいさ」 なんて俺は言えないわ。 俺は生きていたいんよ。  


本当はわたしだって生きていたいんよ。
自分を殺すなんて、あまりにもあまりにも悲しすぎるもの。

だけど。
わけ知り顔で「自殺は絶対にあかん。」と説教する人たち、それは苦しんでるわたしに「生きたまま苦しみ続けろ」って言ってるのと同じだってわかってるんだろうか。ケアもサポートもろくにできないくせに、そういうことは平気で言う。その無責任な残酷さに心がまた折れるんだ。

いつか本当に自分を殺してしまうかもしれない。
苦しみや葛藤の先に待っているのは自殺という結末なのだろうか。