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病と闘うふたりの自由帳

心臓移植待機中の円融と精神疾患持ちで透析患者のいそが闘病生活を送りながら気ままに発信していきます。

移植という一筋の希望さえ by いそ

こんにちは。

わたしは10代で透析を始めてから、腎臓移植のドナー登録をしていました。
生体腎移植も検討しましたが、父は心臓が悪く、母は片腎が萎縮していて無理でした。

年一回の更新の時期に病院を受診すると、移植の担当医師である金先生が必ず明るい笑顔で励ましてくれました。「若いからもうすぐじゃないかな。頑張りましょうね!」って。

今年の受診。
結果的には最後の受診になりました。

被嚢性腹膜硬化症による小腸閉塞のため、2014年6月に小腸のバイパス手術を受けました。(腸管剥離術の予定が、小腸の状態があまりに酷くバイパス手術に変更せざるをえなかった。)

そのことを詳しく報告したところ、先生が「免疫抑制剤は小腸で吸収される薬やから、小腸が1.6mしかないのはちょっと…うーん」と唸りました。

それから被嚢性腹膜硬化症というのもネックのようでした。
先生は「移植をしても苦労するだけかもしれない。安全を約束できない。うまく生着させる自信もない。」と繰り返し言いました。

同じように被嚢性腹膜硬化症で腸閉塞になって腸管の剥離術を受けた患者さんがいて、腎臓移植を受けたけど、大腸もすべてが動かなくなって1年で亡くなったとのこと。

「もし移植してもそんなことになったら、提供してくれた家族の方も悲しいし、僕らも、患者さんもみんなが悲しい思いをするだけ。移植より透析のほうが安全。長い間待ってもらったのに、こんなことを言うのはつらいけど、もう移植の登録更新はできません。」といったようなことを言われました。

そして何度も何度も何度も謝られました。
「僕らで力になれることがあればいつでも力になるからね。本当にごめんなさい。」と一生懸命に謝る先生を前にして、体の奥底から出したことのないような呻き声が出そうだったし、今にも泣き出しそうだった。

それでも妹の前では泣けない。カッコ悪い。その一心で耐えました。
そして平静を装いながら今までのお礼を言って診察室を出ました。

わたしが透析を離脱する可能性はゼロになりました。
そこまで強く移植に期待していたわけではないけど、心のどこかで祈るようなすがるような気持ちはありました。いつか、もしかしたら…って。

でも、その希望の光は消えました。
いろんなことが、人生が、どんどん歪んでゆくようです。
どうやって心を安定させていけばよいのか、今はまったくわかりません。
透析なんていや!という自分の本心を見て見ぬふりしながら平気な顔でいるしかないのか。どこまでもつかな、自分を殺して。