病と闘うふたりの自由帳

病と闘うカップルが自由気ままに発信するブログ

解離性健忘とODと by いそ

こんにちは。

もう数年前のことになるんですが、円融くんにサポートしてもらいながら、自宅療養していた時期がありました。

円融くんは実家暮らし、わたしはひとり暮らし。

記憶があやふやなのですが、その頃はとにかくパニックばかり起こしていた気がします。

解離性健忘で服の着替え方が思い出せずパニック。

着替えなくちゃ外に出れない(透析に行けない)ってことはわかるんだけど、どうやって着替えたらいいかがまったくわからないんです。

毎日何度も円融くんにメールで「パニックパニック!」と泣きながらSOSを出してばかりいました。

落ち着かず部屋の中をぐるぐる歩き回りながら、円融くんの到着を待って着替えさせてもらう。

透析のクリニックまで一緒に行ってもらい、透析が終わるまで横についてもらってました。(ひとりだとパニックを起こすため。)

クリニックからはタクシーで家までふたりで帰って、それから円融くんは自宅に戻る。
そんな生活でした。

当時はOD(過量服薬)も頻回にありました。

無意識でODして、気がついたら目の前に大量の薬の残骸。
またパニックです。

円融くんが救急車を呼んでくれて、警察も来て現場検証と事情聴取。

警察の方が写真を撮ったりするのを、ぐったりしてぼや〜っと見てるだけのわたし。

到着した円融くんがあれこれ対応してくれて、救急車に乗り、受け入れ先の病院へ。

胃洗浄して、時には透析もして、一泊だけ入院して帰る。

そんなことがしょっちゅうで、いろんな病院の診察券だけがどんどん増えていきました。

で、とうとう透析のクリニックの先生に「入院したほうがいい。うちではもう無理。」と匙を投げられてしまい、入院せざるを得なくなったわけです。

元々ずっと透析の主治医をしてくれていた先生が院長になった病院が大阪府内にあり、そこは精神科病棟もあって透析もできるところだったので、その先生(院長)に頼んで入院させてもらい、現在に至っています。

わたしがこの時期にものすごく迷惑かけたことが、円融くんの心臓にかなりの負担になったんじゃないかっていつも自責の念にかられます。

できることならわたしの心臓をあげたいよ。
心の底からそう思ってます。

ごめんね、ありがとう。