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病と闘うふたりの自由帳

心臓移植待機中の円融と精神疾患持ちで透析患者のいそが闘病生活を送りながら気ままに発信していきます。

淡々と、執拗に、腕を切り続けた by いそ

こんにちは。


今日は歯科受診で外出したので、ついでにスーパーまで買い出しに出かけてから帰宅して、昼食を作りました。



ツナと塩昆布の和風パスタ、コーンポタージュスープ、野菜サラダ。
コーンポタージュスープは腎臓病食のレトルトだし、メインのパスタも茹でてあれやこれや和えるだけの簡単レシピ、昼食はパパっとできました。


のんびり食べて、定期薬も飲んで、穏やかな心持ち。


洗い物もそんなになかったし、家でのひとりごはんはしんどくなる間もなく終了。



そして。
ここからのわたしの行動がたぶんまったく誰にも理解されないと思うのですが…。


寒いから和室に移動してこたつに入り、しばしスマホをつついた後、立ち上がってカッターナイフとタオルを用意し、腕を何回も切りつけてはちょっと眺めてから血を拭き、また腕を数回切りつけて眺めたあと血を拭き、それを執拗に繰り返しました。


パニックになったとか、自暴自棄になったとか、イライラしたとか、つらいことがあったとか、そういうことはなにもなく、なんの感情もわかないまま、傷だらけ血だらけの腕を眺めて切りつけてました。


ただ、痛みだけは感じてました。
切るのは痛かったし、切ったあとの傷もズキズキしてました。
傷がない箇所を新たに切ったり、一度か二度切った傷の上をまた切って新たな傷ができたり、その繰り返し。
それでも心が納得してない感じがして、なかなか止めれなかった。


そのうちなんとなく止めれたので、服に血がつかないよう腕にタオルを巻いてから上着を着て病院に戻りました。


どうせすぐにバレるだろうからと思い、病棟の受付で自己申告したら当然驚かれ、病室で傷をみるというので待機していたところ、女性の病棟師長さんがやってきて「大丈夫?骨密度検査によばれたけど、行ける?」と大変マヌケなことを言ってきました。


たった今、自傷行為をして傷だらけの腕で帰ってきたというのに、骨密度検査に行けるかって、骨密度検査ってそんなに緊急性の高い検査だっけ?と呆れたのですが、この人こういう人だしなぁと思って素直に検査に行きました。


それから病室に戻っても自傷行為については何の感情もわかず、まさに「無」の状態。
受け持ちの看護師さんからは「今までにないパターンで怖い。」と言われました。


今日、「自傷行為 心境」で検索したときにヒットしたブログに「自傷行為っていうストレス発散方法があるってことを理解してあげましょうね」みたいな内容が書かれていたのですが、そのブログ主は自傷行為をしたことがなく、周りにリストカッターが多いから自傷行為者の心理がわかるという前置きをして記事を書いていたので、自分の体験でもないのにわかったようなこと書かないでくれ!と本当に本当に腹立たしかったです。


自傷行為をなぜするのかについては、そんな単純明快に答えが出せるわけないんです。
やってる本人だって理由を答えられないことのほうが多いんですから。


自分のしてることを正当化したいわけではないですけど、こうやって自分の精神をいろんなことから守ってるんだと自分では理解してます。
でも、傷つけることには様々なリスクがあるし、なにより大切な人たちが心を痛めていることをわかっているのでやめるべきだとは思っています。
苦しいです。

ブログ開設から2年 by いそ

こんにちは。


なんか書きたいなぁと気にはなりつつ更新ができない日々が続いていたところ、はてなブログからのメールで、今日でブログを開設してから二年が経ったことを知り、しみじみとこれまでのことを思い返したりしています。


二年前の今頃は、二年後にまだ円融さんが心臓移植の待機してるなんて思ってもいなかったし、少なくとも円融さんは移植手術を受けて大きく生活が変わっているだろうなと予想していました。


まぁ、実際のところ、二人とも苦しい日々からは抜け出せておらず、励ましあったり、ときには喧嘩したりもしながら過ごしています。




今日は何も予定のない日曜日でした。
気分転換に、近くにオープンしたスタバまで行ってきました。
ゆずシトラスティーを買ってきて、病室で少しずつ飲んでいます。美味しいです。



いつまで続けられるかわかりませんが、これからもずっとこのブログから2人の思いや日常を発信していけたらいいなと思っています。
円融さんも毎日いろんなリハビリを必死で頑張っているので、いつかまたブログに帰ってこられると思います。


ここまで続けてこられたのは、読んでくださる方のおかげです。
これからもよろしくお願いします。


病室にて。

高校時代、同級生になった先輩のはなし by いそ

こんにちは。


今日たまたま自分と同じ名字の人についての話題になり、高校時代にふたり同じ名字の男の子がいたことを思い出しました。


そのうちひとりは、高校3年のときに留年して同級生になった先輩の方でした。


サッカー部で元気に走り回っていたその先輩は、大学病院で足を切断して長く入院したために留年になったのですが、学校に復帰してからはどうしても浮いた存在で、ときどき同じサッカー部だった男子数人が遠慮がちに話しかけているのをよく目にしていました。


わたしは同じ名字であるという親近感と、自分もずっとお世話になっていた大学病院でその先輩も治療を受けていたということになんとなく縁を感じて、話しかけてみたい気持ちでいっぱいでした。


ただ、足を切断した苦しみは相当なものだろうし、休み時間もいつもひとりきりで席に着いたまま黙って過ごしている姿を見て、当時のわたしにはどう接するのが正解なのかまったくわからず、声をかけるキッカケもつかめずにいました。


手紙を書いてみようかと考えたりもしました。
歳は違うけど、同級生になったのも縁だからぜひ友達になりましょう!という気持ちを伝えたかったのと、これはおごりかもわからないけど、病気の苦しみは誰よりわかるから話し相手になれたらいいなと思っていました。


高校時代はすでにわたしも透析をしていて、友達の理解があまり得られず、孤独を感じることが多かったので、何か力になれないかなぁと、しょっちゅうその先輩のことが気にかかっていました。


でも、会話することも挨拶することさえもできないわたし。
なんでもっと自然に振る舞えないんだろうと情けない気持ちでいっぱいに。
あれこれ考えすぎなのはわかっているけれど、勇気がなかった。


結局、卒業まで話をすることはできませんでした。
最後の三学期のほとんどを入院していたわたしは、かろうじて卒業式だけ出席してフェードアウトしてしまいました。



卒業してからその先輩と自動車学校で再会したときは本当にうれしかったな。
わたしのことなんて記憶にないだろうと思い、話しかけることはなかったけど、一生懸命教習を受ける姿を見て、ずいぶん励まされました。
これからの人生、いいことがいっぱいありますようと願わずにはいられなかったです。


山あり谷ありだろうけど、前を向いて人生を送っていてほしいなぁ。
もちろんわたしも俯かず、生きていこう。
負けないように。